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Arafura Games その後

2009年06月01日(月)

私は、25日にトンガに戻ってきましたが、その他6人のメンバーは21日に帰国でした。

21日のシドニー空港でもLavinia(元プレジデント)と選手たちがひと悶着あったそうです。
金メダルをとったSione選手がチケットを変更し、ビザの許す6週間シドニーに滞在することにしたそうで、彼は空港に来ていませんでした。
そのことに怒ったLaviniaは凄い勢いでベラベラとワァ~ワァ~空港内で騒ぎ始めた…
たぶん、チェックインカウンターでの出来事でしょう。
周りには、同じ便でトンガに向かうトンガ人もたくさんいるので、何を話しているのかわかっています。

Lavinia:あんた達にとって、これが最後のゲームになったわね。
Vai(砲丸投げの選手):あんたこそ最後だよ。いても意味ないじゃない。

こんなことを言われて、Laviniaはもっともっとヒートアップ。

Sioneのしたことに対しては、私は何も言えません。
なにせ、みんなより長くシドニーにいたから。
”チームなんだから”と怒るLaviniaの気持ちもわかるし、Vaiの発言もトンガの文化ではタブー。
年上のしかも女性に対してこんなことを言ってはダメです。たとえ、それが事実としても…
まぁ、これまでの積み重ねが彼女に対する不信任のような形になって出たのだと思います。

ただ言えるのは、この選手たちが今後ゲームに出るか出ないかは、Laviniaが決めることではありません。
そして、彼女にとって最後のゲームになったことは間違いありません。
現在、トンガナショナルパラリンピック委員会は、”Australia Aid” オーストラリアからの資金援助を要請しています。
すでにフォームを提出し、プレジデントのViliamiはハイコミッショナーの担当者と話を進めています。
何かを始めたくとも、資金がないのでこの要請が承認され、お金が入ってくれば、もっともっと大きな動きが生まれることでしょう。
なにせ現在は、委員会メンバーは無給で動いています。
お金が入ったら給料でるのか確認したら、コーチの分は出そうと思っている…とのことでした。
今までは、何か大会の前になるのスポーツ省の人を使っていましたが、毎日来るわけではないし、たまに連絡とれなくなるしと困ったチャン。
委員会の専属のコーチをやとって、選手の送迎から食事の面倒などもみてもらうようにするとのこと。

そして、10月にメルボルンで行われるAustralian Paralympic Youth Gamesに出場させたい意向です。
このゲームは、アンダー20なので若い選手の発掘も兼ねています。
「SAEも行くか?」と聞かれたので、「エアフェア出してもらえないとJICAの決まりで行けないからね」と言ってあります。
どうなるのかは、ま~だまだわかりません。
6月1日の朝、入ってきた情報。
なんと、Vaiがクラス分けの時に嘘ついたそうです。
両手には全く不自由がないのに、片方の腕を上がらないと申告。
トンガからは、Arafura Gamesのボランティアとして参加したNetinaという女性がいるんのですが、彼女のところにArafuraのオフィスより連絡があったそうです。
Vaiは、メダルもとっていないし、結果を出していないのですが、大問題ですよ。
なぜそんなオバカなことをしたのか…

そして、そのクラス分けにはトレイナーのMoseseも同行していました。
VaiはMoseseと一緒に嘘をついたといい、Moseseはそんなこと知らないと言っているそうで。

これ以上、プレジデントの頭を悩ますのをやめてくれ…と私は言いたいです。
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13:16  |  ARAFURA GAMES/05.09  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

Arafara Games 5.17

2009年05月30日(土)

Arafura Games 2009
↑クリックするとArafuraに関する記事がまとめて見られます


今日は、クロージングセレモニー。
そして、明日午前1:35の飛行機でSydneyに飛び立ちます。
また、家にMalikaが来てくれました。セレモニーで会えると思ってあんまり話をしなかったんだけど、会えなかったよ…
写真も撮れていません。
とってもお世話になったのに…

午前中は、JimがCrocodile Farmに連れて行ってあげるよと言ってくれていたのですが、連絡は来ず。
きっと昨日の骨折騒ぎでJimもAlisonもクタクタだろうと思い特に連絡をしませんでした。
私も疲れていたし…
でも、Arafua Games参加者は入園料が約半額になるクーポンもらっているのです。
きっと今度のArafuraの時には… なんちゃって。

CIMG1507.jpg Arafura Gamesのタテゥーをつけてみました。

CIMG1518.jpg  CIMG1523.jpg
クロージングセレモニー会場。

CIMG1521.jpg  Arafura Gamesグッズ販売

CIMG1525.jpg  CIMG1528.jpg
日本の脳性まひサッカーのみなさんと。
 
CIMG1524.jpg フィジーのteam attacheのJayshree。
日本語を勉強していたこともあり、少しだけ話せます。本職は、Charles Darwin UNIVERSITYの司書さん。

CIMG1535.jpg  CIMG1538.jpg
Northern Territoryのチーフミニスターによる閉会誓言と花火

DSCF2540_20090530111228.jpg
選手と一緒に
この写真は、現地に住むトンガ人Leipuaに撮ってもらいました。
7月に友人とトンガに来るらしく、ディナーをともにする約束をしました。

セレモニー終了後、家に帰り帰宅準備。
お世話になったAmanaki一家にお礼を言い、空港へ。
シドニーへと向かいました。

長かったArafura Gamesもこれでおしまい。
2月に行くことを決め、Darwinに来るまでの道はとても長かったです。
そして、来てからもハプニングだらけでした。
そしてそして、とっても疲れました。
でも、こうやってたくさんの人に出会え、支えてもらって、笑顔で帰ることができて感謝の気持ちでいっぱいです。
Arafura Gamesに向け地域一体となって迎え入れてくれたDarwin、そしてボランティアのみなさん。
ほんとうに、ありがとうございました。

2011年は、5月14日~21日です。
日本チームとしていらっしゃいよとAlisonに言われましたが、どうなることか…
そして、これかもトンガの障害者スポーツを応援していきたいと思っています。

Darwinで出会えた皆さんに感謝の気持ちを込めて。
’Ofa atu. (LOVE)
11:25  |  ARAFURA GAMES/05.09  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

Arafura Games 5.16

2009年05月29日(金)

Arafura Games 2009
↑クリックするとArafuraに関する記事がまとめて見られます


日本チームとバストリップ。
Alisonが9時に迎えに来ると言いながら、8:30過ぎに来てビックリ!
そうだよ、ここはトンガじゃないよオーストラリアだよ…と思った私。
日本チームのみなさんの宿泊先へと迎いました。

すると、そこにはフィジーチームのFredが!
彼は、Fiji Paralypic Committeeのスタッフで競技場で熱く語り合いました。
JICAの研修(障害者スポーツのプロモーション)で日本にも行ったことがあり、トンガの現情を話、フィジーはどうなっているのかなどを聞きました。
そんな時思うのが、やっぱりプレジデント来るべきだった!ということ。
まー ビザとれなかったんだからしょうがないけどさ…

そして、保原さんにマラソン用車椅子について相談。
こんな会話が…
保原さん:キョウカイなどに聞いてみた?
私    :はい。普通の車いすはキョウカイを通して、トンガに結構来ているんですよ。
保原さん:どこのキョウカイ?
私    :モルモンです。
保原さん:あっ、それじゃないくて協会ね。

キョウカイと聞いて、チャーチだと迷わず思った私でした。


今日のツアーは先生方&ネットボール&セパタクローのみなさん。
バスは待てども来ず、来たと思ったらウインカーがつかないということで、みんなを乗せレンタル会社に戻り…
出発したのは、11時過ぎだったと思います。

今日の旅をコーディネートしてくださったのが豪日協会(正式名称ではないと思います…)。
運転手とガイドを務めるのは、日本語ぺらぺらのKylie。
とってもかわいくて、運転もお手の物で、日本が大好きなKylie。
オーストラリアでずっと日本語を勉強して、話せるようになってから日本の大学に留学。
オーストラリアに戻ってきてから、ツアーガイドの仕事もしていたそうです。

バスの中で日本語話せる!と思っていたものの、
選手・スタッフのみなさんはおつかれの様子でみんなで熟睡…
私は、ボーット外の景色を見ながら、チームのみんなは今頃何しているのかなと考えていました。

最初に向かったのは、LAKE BENNET WILDERNESS RESORT
豪日協会会長のヒロコさんご夫妻とお会いしました。

CIMG1470.jpg  CIMG1469.jpg
とてもキレイな湖。
この周りを少し歩きながら、Kylieとお話。
現在は、Melaleuca REFUGEE CENTREでTraining Coordinatorとして仕事をています。
(現在、HPが表示されないのですが一応のせておきます)
オーストラリアは年間何千人という難民を受け入れています。
このセンターは、何もない状態で来た難民をサポートしていて、たとえば”こんなところに病院がありますよー”とか仕事のことなど生活する上で基本的なところから一緒に動いていくとのこと。
Kylieは、直接難民に関わる仕事ではなくて、難民と関わる地域の人や、学校の先生などを対象に、レクチャーやワークショップをコーディネートしているとのこと。
”こんな経験をしているので、こんな風に接しましょう”とかそんな感じかな。

母子生活支援施設の職員の仕事とも共通する部分があって、話が盛り上がりました。
Kylieはやっぱり日本語を使う仕事がしたくて、日本語を使って今のような仕事がベストらしく、日本で暮らす外国人のサポートとかきっと仕事あるはずだよ!と話をしました。
でも、今はラブラブの彼がいるとのことで、日本に行きたいけれど考え中なんだとか。

CIMG1474.jpg
ランチは、フィッシュ&チップスをご馳走になりました。
お魚おいしかったですが、名前を忘れた…



その後、リッチフィールド国立公園へ。
CIMG1476.jpg  CIMG1478.jpg
遊びに夢中で、ろくな写真がない…
水着をトンガから持ってきていなかったので、服を着たまま水の中へ!
とってもキレイな水は、冷たかったけれど気持ち良かったです。
トンガじゃ海水でしか泳がないから、しょっぱくない水、ゴーグルをしなくても水中で目をあけられる水は久し振り!

それから、蟻塚を見に行きました。
2種類あって、巨大蟻塚と墓地みたいに並ぶ蟻塚が。
墓地みたいな方は、どれも同じ方角を向いてたっているのです。
  CIMG1480.jpg  CIMG1481.jpg

その後、キャンピングカー専用のキャンプ場へ。
オーナーとたくさんの犬たちがお迎え。
最近、新しく買ったという薪を使うオーブンで焼いたというパンをいただきました。
焼き立てでまだあたたかく、と~~~~ってもおいしかったです。

急いで競技場に戻ってきて、脳性まひサッカーの応援。
日本には、日本脳性まひ7人制サッカー協会があります。
CIMG1491.jpg
残念ながら、負けてしまいました。

そして、今日最後のイベント。
Kylieとバスと町でお別れ。
Kylieは日本人男性と”蝉時雨”というバンドを組んでいて、明日は練習だそうです。
最後の夕食会ということで、中華料理屋さんに行きました。
コースだったわけですが、料理が出るのが遅くて、最後の方にドバドバ出てきて…
おいしかったけれど、トンガの中華料理屋さんの方がおいしいよな気がします。
お客さんが多くて、うるさかったなー
隣に座ったのは、オーストラリア人のAlice。
今日のツアーに一緒に参加していたんだけど、日本が大好きで今年はすでに1回行っているが、8月にもまた行くとのこと。
ひらがな・カタカナはっちり、漢字も読めるAlice。
会話はまだまだらしく、英語での会話となりました。
写真をAliceのカメラで撮って、送ってもらう約束したんだけどまだ届いていません。

日本のteam attacheのAlisonと旦那さんのJimは夕食会に参加できず。
というのも、サッカー選手の1人が骨折してしまいAlisonが病院に付き添っていたのです。
実は、ネットボール選手の1人も試合中に骨折。
Alisonは外科の看護師さんということもあり、とてもお世話になったそうです。

夕食後、日本チームの宿泊先に戻り、岡田先生から日本チームの衣装、法被をいただきました。
というのも、みなさん明日のクロージングセレモニーには参加せず、今夜の便でDarwinを発つのです。

みんな、シャワーを浴びたりなんだりで、ろくなお別れの挨拶ができなかったのですが、日本のもう1人のteam attacheのイジさんに家まで送ってもらいました。
体操の先生で、私の生まれる前からDarwinに住んでいます。
実は、イジさんも骨折中…


日本のみなさんと楽しく過ごせた1日。
Alisonに誘うように言ってくれたMalika、日本チームじゃないのに気を使ってくれたJimとAlison。
片手運転で家まで送ってくれたイジさん。
日本チームのみなさん。
ありがとうございました!
日本での再会を楽しみにしています。
もちろん、トンガに来ていただくのが1番なんだけど。

日本チームの様子は、こちらのページでもご覧になれます。
ジャッキーさん : 2009年 アラフラゲーム報告
日本市民スポーツ交流協会 : アラフラゲーム2009現地リポート
22:04  |  ARAFURA GAMES/05.09  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

Arafura Games 5.15

2009年05月29日(金)

Arafura Games 2009
↑クリックするとArafuraに関する記事がまとめて見られます

今朝も朝からMalikaが来てくれました。
DarwinからSydneyのフライトを変更することにしたのです。
選手4人とオフィシャル3人のルートが違うことは伝えてあった(ような)気がするのですが、
選手たちのフライトは、18日1:35にDawinを出て8:30にはSydneyに着く。
しかしオフィシャルは、18日7:30にDarwinw出て、16:30にSydney着。Perth経由で遠回りなんです。

トレーナーMoseseが選手たちとブリスベン経由でSydneyに行くと聞き、Laviniaと2人っきりで長旅はぜ~~~~~ったいにイヤだったので私も変更することに。
”お金の無駄だ”と思う方もいるかもしれませんが、私の精神衛生上フライトを変更しました。

エアチケット変更のため、Malikaと一緒に町へ。Vaiもついてきました。
まずは、Arafuraのオフィスへ。
そこでオーストラリアに来て以来、初めてのインターネット。
パパッとメールをチェックして、返事を出したいものもあったけれど日本語入力じゃないし、長居もよくないだろうと思いザザザッと読むにとどまりました。

それから、町へ。
まずは、Arafuraのインフォメーションデスクのあるホテル(名前が…)に。
ホテル1階の1室がArafura用になっており、ネームタグがあると自由に出入りできます。
ボランティアスタッフが常駐し、インターネット・電話が無料で使えます。
一応、ネットは30分、電話は15分以内にと書かれていました。
電話がただでかけられることにワクワクして、まずTonga National Paralympicのプレジデントに電話。
今までの様子や結果をバーっと話ました。Vaiも話したいということだとので、すぐに交代。
それから、違う電話を使いValetiに電話。(実の母には電話せず・笑)

CIMG1463.jpg  CIMG1464.jpg
○○ルーム(名前覚えていない…)
町中に宿泊していれば、このような設備も無料で自由に使うことができたのです

Malikaがコーラをくれました。

旅行会社に行き、チケットの手続きをすませ、Vaiと町中をぶらぶら。
Malikaは昼に会う人がいるということで、2時間後の再会を約束し別れました。

私たちは、お土産屋さんや洋服さんを物色。
トンガに帰ってきた今は、やっぱり服買えば良かったかなと思うのだけど、見るだけで満足。
それに買って帰るとメンバーに何か言われるしねぇ。それにVaiは一銭も持っていない…
「SAEはお金持ち」何度この言葉を聞いたことか。
・いやー 決してお金持ちではありません。
・現地生活費、こつこつ貯めているんですよ。
・日本にいた時、がんばって働いたんですよ。
・おじいちゃん・おばあちゃんが一生懸命貯めてくれたんですよ。
・貯まるように計画的に使うんですよ。
と、言いたい!!!!!!!
何もせずにお金がポンポン入ってくるあま~い世の中ではないのです。


日本食屋を探すも見つからず、麺が食べたかったので通りがかりに見つけたお店へ。
Vaiも同じメニューを注文し、いただきました。
CIMG1465.jpg箸に挑戦するも断念してフォークで食べるVai
写真右端奥に”sushi”の文字が見えますか?

Malikaと無事に合流し、帰宅。
帰宅した際、スタッフ用のTシャツやArafura帽子などをくれました。
家でウダウダしていると、Laviniaの携帯に私宛の電話が。
ビックリして出ると、Arafuraスタッフからで、SAEと話したい日本人がいるから…とのこと。

お相手は、NPO法人 日本市民スポーツ海外交流協会常務理事事務局長の保原さん。
ネットでArafura Gamesと検索したら、私のブログにヒットしたということ。
わざわざトンガチームに連絡をとるようにスタッフにお願いし、私のところに電話が来ました。
電話番号を交換し、また後で電話をします… という話になり、ワクワクしていると~

突然、Alisonが家にやってきた!
Alisonは日本のteam attacheで8日の報告に出てきています。
「日本チームの試合があるから、行きましょう!」と訳わからぬまま、とりあえず着替えて出発。

車の中で、Alisonが
「MalikaにSAEを連れまわしてあげてと言われたの。明日も1日バスとリップがあるから、日本人と一緒に行きましょう。」と優しいお言葉。

今日の試合は、ネットボール。
群馬県立女子大学のみなさんと文学部総合教養学科の神山雄一郎教授。
トンガでは、村ごとにチームがあるくらいネットボールが浸透しているのですが、私はルールさえもわからない…
神山先生はネットぼーるを日本に普及するため活動をしているようです。
詳しくはこちら→ネットボール資料室 神山研究室

しかし、出場チームが4チームしかなく、正式な競技にはならず交流試合とのことでした。
CIMG1466.jpg  CIMG1468.jpg
日本チーム、勝ちました!

ここで先ほど電話をしてくださった、保原さんに出会え、ランナーで立正大学社会福祉学部の山西哲郎教授、Arafura Gamesにゴルフで出場した国士館大学の岡田先生、そして株式会社 オズ・プロジェクトのジャッキーさんとお会いしました。

明日のバストリップに誘っていただき、と~っても幸せ。
チームのみなさんと別れてから、JimとAlisonと一緒にディナー。
奢っていただきました。フルーツサラダも買ってくれて、「家に帰ってみんなでシェアをする」って言ったら、1コじゃ少なすぎるからって5~6コ買ってくれて…
「ありがとう~ JIM!!!!!!!!」

Jimは自分の車で家へ、Alisonが私の家に送ってくれました。
JimとAlisonと写真を撮っておけば良かった…(1枚もない)
21:42  |  ARAFURA GAMES/05.09  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

Arafura Games 5.14

2009年05月29日(金)

Arafura Games 2009
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競技が終わり、クロージングセレモニーのある5月17日までどうやって過ごすのかと考えていると…

Vikaがドライブに誘ってくれました。Lavinia以外の6人でお出かけ。
まずは、腹ごしらえ。

CIMG1408.jpg
お決まりのマック! ビックマックをみんなで食べました。
おごってもらっているので何とも言えないけれど、自分でお金だすからレストランとかで食事がしたい…と内心思っていました。
まー しかたがないけどさ。

お腹を満たした後は、障害者が働いている Australian Disability Enterprisesに連れて行ってもらいました。

CIMG1452.jpg  CIMG1427.jpg  
突然の訪問でしたが快く迎えてくれました。
”金メダル”をとったことを話すと、みんなから大拍手。


CIMG1435.jpg  CIMG1439.jpg  
バックをつくっています

CIMG1448.jpg  こちらでは、ルアー作り
かわいい布バックを3つもいただいちゃいました。


夕方家に戻り、少し休憩。
夜は、Darwin在住トンガ人ファミリーがBBQしてくれました。
あまり肉にはひかれず、サラダばかりムシャムシャといただきました。

CIMG1457.jpg  CIMG1456.jpg
今日のBBQをひらいてくれたみなさんと、私たちお世話になっている家の家主Amanaki。

トンガでは、このようなちょっとした集まりでもスピーチをします。
偉い人がってわけでもないみたいで、それぞれ順番を見計らって話をするんですよ。
Amanakiは、私たちが来てくれて嬉しい・金メダルおめでとう・2011年も待っているよ というような話をして、”ちっともそんなこと思ってないくせに~”と思ってしまいました…
トンガ人にも本音と建前があって、全然違うんですよね。

CIMG1461.jpg
大人のドロドロした世界を知らない、かわいい子ども達


男性陣は明け方まで飲み明かしたようです。
私とLaviniaはさっさと帰宅して、私はいつものように早くに就寝。
だってだって、やることないんだもの…
20:06  |  ARAFURA GAMES/05.09  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑
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